旧・武藤邸 - 神戸舞子


旧鐘紡舞子倶楽部、2015年2月7日


 舞子海岸の海を望む処に「旧・武藤山治邸」が移設されています。徒歩圏内で,舞子公園を訪れる時には,この周囲をよく通るのですが,中に入ったことがありませんでした。2011年には国の有形文化財として登録された建物です。


 明治40年(1907年)に武藤山治によって建てられた洋館で,当時は厨房や和館,撞球棟が併設されていたようですが,保存・移転されたのは洋館部分だけです。

 武藤山治のことを,今まで知りませんでしたが,慶応大卒業後にアメリカに留学して,その後,鐘紡に入社して兵庫工場の建設を行ったそうです。

 大正10年(1921年)には鐘紡の社長になっています。大正13年には衆議院議員となった経歴もあります。

 その後鐘紡を退職,政界を引退して,時事新報で経営を担当して,帝人株に関する贈収賄賂疑惑を取り上げたそうですが,その直後に北鎌倉の自宅近くで銃撃されて死去したそうです。


 1階の食堂です。ここで朝食を摂っていたようです。


厨房が別棟だったので,食事は此処に運ばれていたそうです。


 食堂の窓からは,明石海峡と,その向こうに淡路の島影。今は淡路とを結ぶ架け橋を望むこともできます。


 食堂の東隣の広間です。ここからベランダに出ることもできます。


 広間の北隣の応接室,実際には来客の待合室のような使い方をしていたようです。


 応接室から広間とホールの眺めです。


 ホールから広間(左側)と食堂(右側)の眺めです。南の窓から溢れんばかりの陽光がガラス戸越しに入ってきます。


ホールから1階の食堂と2階に通じる階段・・・ゆったりとしたスペースです。


 階段の踊り場から1階を見下ろした眺めです。北側の窓にはステンドグラスが埋め込まれています。


 2階の奥(左側)は書斎で,右は貴賓室(客室),その間に広間のドアがあります。


 2階の東北に位置する書斎です。当時のカーペットがそのまま敷いているので入室禁止です。


 2階の広間です。南東に位置してバルコニーに出ることも出来ます


 反対側からの眺めです。武藤山治の肖像は右側の壁の右側です。


 2階の広間からの窓越しの海峡の眺めです。


 貴賓室です。実際には客室(寝室)として使われていたようです。

 調度品も,そのまま置かれています。


 貴賓室から,ホール越しにドアの隙間からの書斎・・・


 貴賓室を別のアングルから・・・


 2階から1階へ・・・階段の途中からの眺めも良かったです。


 1階の応接室です。北側に窓の部分が飛び出して,広く感じるような設計となっています。


 トイレの手洗い・・


 1階のベランダから2階のバルコニーを見上げた光景です。


 武藤邸の東隣には,こんもりとした塚のようなものがあります。これは昔の遺跡ではなっくて,舞子タワーの土台部分の跡だそうです。


 岸壁には,ひしめくようにして釣り糸を垂れていました。


 明石海峡のすぐ向こうに淡路の島影が横たわっています。


 舞子公園の中の松林です。


 今日はお昼に親戚の寄り合いが舞子ビラであり,舞子ビラに向かう階段を上って・・・


舞子ビラの本館と新館(緑風館)を結ぶ連絡通路です。庭園にはチャペルがあって,此処から海峡を見下ろす眺めも素晴らしいです。


 舞子ビラからの眺めです。此処からは午後のひとときの眺めがすばらしいです。ちょうど陽光が海面を照り輝かせて,眩い光を放っています。海峡に架橋の影が続いています。


平清盛が愛した光景,そして有栖川宮(ありすがわのみや)の別荘が,ここ烏崎(からさき)城跡に建てられ,今は舞子ビラ・・・