生月島・ダンジク様


2012年8月22日


  千里ヶ浜から川内港がある川内湾を経て、国道383号から県道19号を通って生月島を横断して平戸の西海岸へ。しばらく走ると生月島が見えてきます。



 平戸島とは、辰ノ瀬戸を挟んだ位置にあり、東西約2キロ南北約10キロの南北に細長い島です。東側は緩やかな丘陵で、西側には随所に断崖があり、民家は島の東側に集中しています。

 江戸時代から捕鯨が盛んな島で、安土桃山時代には平戸に来た宣教師が生月島にも布教を行ったので多数のキリスト教信者が居ましたが、その後の禁教令で隠れキリシタンとして密かに信仰を継続した者も少なくなかったようで、禁教令が解かれた明治以降も、カトリック教会に戻らず、先祖伝来の信仰を伝承するカクレキシシタンも多く、今も受け継がれているそうです。

 平戸島と生月島を結ぶ生月大橋です。


  生月大橋を渡って、生月島の西海岸沿いに北上するサンセットウェイ( 生月農免農道)は、車窓から棚田や牧場の景色を眺めることができます。その途中に、「ダンジク様」という案内板が道沿いにあります。



 「ダンジク様」とは、隠れキリシタンの聖地のひとつで、断崖の上を走る道路からはダンジク(暖竹)が生茂る林の中を潜って・・・



 更にうっそうとしたダンジクの生茂る坂道を下って・・・。今は石段があり、そして手すりも整備されていますが、それでもかなり足元は危ないです。



 ダンジクの生茂る断崖を石段や坂道を海岸に向かって下って…



 かなり歩いて、やっと海岸線に到着しました。断崖の下に広がる石や岩がゴロゴロした海岸です。断崖が迫っている狭い海辺です。



 そのダンジクが生茂る狭い海岸の一角に「ダンジク様」が祀っています。



 キリスト教が禁教となって、弥市兵衛と妻のマリヤ、そして息子のジュアンの3人が取り締まりの緩いと言われていた五島へ渡るために、生月島南端の断崖が続く海岸沿いのダンジクの茂みの中に隠れていたとき、息子のジュアンが海岸に出て遊ぶ姿を船で捜しに来た役人に見つかり、全員が処刑されたそうです。この3人を祀る祠が「だんじく様」と呼ばれています。



  しばた山居間は涙の谷であるやナ 先は助かる道であろうやナ
(今は涙の谷であろうとも先では必ず助かる道が開けるであろう)



 海岸からは、左手に平戸島が見えます。この海の向こうが五島です。弥市兵衛が渡ろうとした・・・