2007 New Year



水仙 兵庫県で一番最初に楽しめる花
灘・黒岩水仙郷(淡路島 南あわじ市 2003年1月4日撮影)


1月のこの時期、兵庫県は北の日本海沿岸辺りと、
南の淡路島・鳴門海峡辺りとでは、かなり気候が異なり
ます。南あわじ市にある黒岩水仙郷では、1月の上旬
から水仙を楽しむことが出来ます。紀伊水道を望む斜面
一面に水仙の花が埋め尽くす光景は圧巻です。(花の
見頃は1月下旬頃です。)                ..

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年末・年始は、黒糖焼酎と栗焼酎を味わっています。
まろやかで、かすかに漂う黒糖や栗の香りを楽しんで
います。芋焼酎の独特のくさみに惹かれるものを感じ
ながらも、芋の奥深さに吸い込まれそうで敬遠してい
ます。ふろふき大根やカボチャ、高野豆腐・・・etc   
純日本的なお肴とのコンビネーションの絶妙な味わい
を楽しいでいます。                    .


Serendipity
(セレンディピティー)

セレンディピティーとは、セイロンの王子の物語
から由来する言葉で、待ち構える心とか、
思いがけない発見をする才能という意味の
言葉です。セレンディップとはセイロンのことです。


見ているだけで
何も描けず
一日が終わった こんな日と
大きな事をやりとげた日と 同じ価値を見出せる
心になりたい。

.                     「キダチベゴニア」 星野富弘






セレンディピティーという言葉を聞いて、何故か
志ん生の落語を思い浮かべてしまいました。 



古今亭志ん生 私の大好きな落語家です。生前の
志ん生を私は知らないのですが、手元にあるCDや
ビデオで志ん生の口跡を楽しんでいます。このカセット
テープの火焔太鼓と黄金餅は志ん生の中でも特に
お気に入りの演目です。                 .

    

今は残された音源を楽しむしかないのですが、
志ん生の醍醐味は寄席で聞く落語だったよう
です。 志ん生は客がセコいと手を抜くタイプだった
ようで、逆に乗ると絶妙な噺を楽しむことが出来た
そうです。落語の出来・不出来が激しい噺家であり、
それはまさに寄席が織りなすセレンディピティー
ではないかなあ〜と思います。寄席というのは、
落語家と客が対峙する場。そこでの緒は「笑い」



掃除をしていると古い、上野鈴本のプログラムが出て
きました。4代目三木助と志ん輔の真打昇進襲名披露
の時のモノ、私がよく寄席に通っていた頃でした。  .




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 この夏、何度か蜘蛛の巣にレンズを向けました。
蜘蛛は積極的に狩に出掛けるわけではなくて、
蜘蛛の糸を張り巡らせた巣に、獲物が引っ掛かる
のを、ただ只管(ひたすら)待つのみです。     .

 以前にこんな話を聞いたことがあります。蛭(ヒル)の
一種に、木の上に生息して、その木の下に動物が
通るのをただ只管に待つタイプの蛭がいるそうです。
動物が通ると、タイミングを見計らってポトッとその
動物の上に落ちて、その血を吸うそうです。木の上で
動物が通るまで、場合によっては1年ぐらい待つこと
もあると聞きました。                    .

 蜘蛛や、この蛭の一種のライフスタイルそのものが
セレンディピティーと言えるのかどうかわかりませんが、
狩に出るタイプの動物が、一見積極的で能動的に感
じられるのに対して、蜘蛛や、この蛭は消極的で受動的
のように感じられますが、でもセレンディピティーという
言葉を聞いてアレコレ考えると、“待ち構える”ということ
は、消極的でも受動的でもないように感じてしまいます。



この新しい年、セレンディピティーという言葉を噛締めて
自分の感覚を研ぎ澄ましたいと思います。そしてモノの
見方や考え方が柔軟になるようにパースペクティブを
意識したいと思います。                   .

                2007年1月 神戸にて


ー 補足 ー
セレンディピティーとは、ホレス・ウォルポールという
18世紀のイギリスの作家が、ペルシャのお伽話を
もとに書いた作品「The Three Princes of Serendip」
(セイロンの三人の王子)に由来する言葉で“思いがけ
ない発見をする才能”とか“掘り出し上手”という意味
の言葉で、ウォルポールの造語と言われています。
Serendip(セレンディップ)とはセイロンのことです。
ちなみにホレス・ウォルポールは、当時のイギリスの
首相ロバート・ウォルポールの息子だそうです。

このウォルポールの作品を読んでいないので本意は
わからないのですが、「棚からぼた餅」というよりも
「待ち構える心」というようなニュアンスが、この
セレンディピティーという言葉にあるように感じます。